2012年 08月 20日
坂口安吾のヒロセ元美讃
〈歌舞伎の名女形(おやま)といわれる人の色ッぽさは彼らが舞台で女になっているからだ。ところが、ホンモノの女優は、自分が女であるから舞台で女になることを忘れがちである。だから楽屋では色ッぽい女であるが、舞台では死んだ石の女でしかないようなのがタクサンいる。ストリップとても同じことで、舞台で停止した裸体の美はない。裸体の色気というものは芸の力によって表現される世界で、今のストリップは芸を忘れた裸体の見世物、グロと因果物の領域に甚しく通じやすい退屈な見世物である。
いくらかでも踊りがうまいと、裸体もひきたつ。私が見た中ではヒロセ元美が踊りがよいので目立った。顔は美しくないが、色気はそういうものとは別である。裸体もそう美しくはないのだが、一番色ッぽさがこもっているのは芸の力だ。〉
初出は一九五0年八月一日発行の「文藝春秋」で、このころがヒロセ元美の人気絶頂期だった。この年の五月から十月にかけて彼女の出演した「青春のデカメロン」「裸の天使」「わたしは女性No.1」「ストリップ東京」の四本の映画が公開されている。配給元も新東宝、東京映画、松竹に及んでいるところを見ても人気のほどがわかる。いずれもフィルムが残されているかどうかは不明だが、あるとすれば貴重な資料となろう。
日劇ミュージックホールを去ったあとのヒロセ元美は病気、肥満などに悩み、苦労し、流転を重ねたが、のちには後輩の育成に力を注いでいたようで、一九七五年に刊行された橋本与志夫『おお!ストリップ』には彼女について「年増太りというのかめっきりと肥えて、いまもなお若い後輩たちを育てたりして、この道と関係のある仕事を続けている」との記述がある。