坂口安吾のヒロセ元美讃

a0248606_9521318.jpg 終戦直後に発表した『堕落論』などで時代の寵児となった坂口安吾は小説、評論とともに戦後の風俗模様をしるしたルポルタージュを残しており、そのひとつに『安吾巷談』がある。なかに「ストリップ罵倒」という章があって、これは安吾先生が日劇小劇場、新宿セントラル、浅草小劇場を見て廻ったときの印象記だが、「罵倒」のなかにありながらヒロセ元美がお褒めのことばを頂戴している。
〈歌舞伎の名女形(おやま)といわれる人の色ッぽさは彼らが舞台で女になっているからだ。ところが、ホンモノの女優は、自分が女であるから舞台で女になることを忘れがちである。だから楽屋では色ッぽい女であるが、舞台では死んだ石の女でしかないようなのがタクサンいる。ストリップとても同じことで、舞台で停止した裸体の美はない。裸体の色気というものは芸の力によって表現される世界で、今のストリップは芸を忘れた裸体の見世物、グロと因果物の領域に甚しく通じやすい退屈な見世物である。
 いくらかでも踊りがうまいと、裸体もひきたつ。私が見た中ではヒロセ元美が踊りがよいので目立った。顔は美しくないが、色気はそういうものとは別である。裸体もそう美しくはないのだが、一番色ッぽさがこもっているのは芸の力だ。〉
 初出は一九五0年八月一日発行の「文藝春秋」で、このころがヒロセ元美の人気絶頂期だった。この年の五月から十月にかけて彼女の出演した「青春のデカメロン」「裸の天使」「わたしは女性No.1」「ストリップ東京」の四本の映画が公開されている。配給元も新東宝、東京映画、松竹に及んでいるところを見ても人気のほどがわかる。いずれもフィルムが残されているかどうかは不明だが、あるとすれば貴重な資料となろう。
 日劇ミュージックホールを去ったあとのヒロセ元美は病気、肥満などに悩み、苦労し、流転を重ねたが、のちには後輩の育成に力を注いでいたようで、一九七五年に刊行された橋本与志夫『おお!ストリップ』には彼女について「年増太りというのかめっきりと肥えて、いまもなお若い後輩たちを育てたりして、この道と関係のある仕事を続けている」との記述がある。
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by yumenonokoriga | 2012-08-20 09:55 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(4)

Commented by 秋山薫 at 2012-08-20 21:59 x
伊吹まり、メリー松原、Rテンプルについても書いてください。
Commented by yumenonokoriga at 2012-08-21 06:56
秋山様
コメントありがとうございます。資料を捜しながら、追い追い書いてまいりたいと考えています。今後ともよろしくお願いします。
Commented by バンプ&グラインド at 2012-08-28 21:48 x
楽しみにしております!
Commented by yumenonokoriga at 2012-08-29 08:02
バンプ&グラインド 様
ありがとうございます。励みになります。