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夢の残り香~日劇ミュージックホールの文学誌

『男たちへの花束』

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 一九六一年(昭和三十六年)『忍ぶ川』で芥川賞を受賞した三浦哲郎は、六九年から七一年にかけ「小説現代」に六回にわたり夕雨子という旅回りの踊り子を主人公とする連作小説を書き、これらはほどなくまとめられて『夕雨子』という単行本として講談社より上梓された。
 のちに作家は、ある旅回りのヌードダンサーに自分から鞄持ちを買って出て何度か旅のお供をしたが、「いずれは踊り子自身が、みずからの手で、長年ひっそりと抱きしめてきた心の衣装鞄を開けてみせてくれる時がくるだろうと思っていた」と書いている。
 その踊り子はやがて日劇ミュージックホールの舞台で踊るようになり、スターとなり、そして作家がひそかに思っていたとおりみずからの手で「心の衣装鞄」を開けてふたつの本を著した。水原まゆみ『こんな男と暮らしてみたい』(東京白川書院一九八0年)と『男たちへの花束』(三一書房一九八四年)がそれである。
 とりわけ『男たちへの花束』は「日劇ミュージックホールが消えた今、おそらく、これから三年、五年先には、そんな『レビュー小屋』があったことさえ知らない世代が出てくるわけだ。その『幻の小屋』のなかに私の青春があったのである」との思いを込めて書かれたものだけにファンには魅惑の記念碑となった。
〈踊り子はフィクションである。女が踊り子に住み着く。住みついた女はどこまでいっても虚像である。虚像にはべる男たち。その男たちはいう。華やかな世界にいるとプライベートな世界も華やかに違いない!そう思わせることもサービス精神のひとつである。〉
井上悠子という女が水原まゆみに住みついたとき踊り子というフィクションが誕生した。つくられた踊り子に魅せられた男たちは幻想を抱き、美しく愉しい舞台を見て満足していればいいようなものだけれど、しかしときにはノンフィクションの部分も覗いてみたくなるのがファン気質である。だから『男たちへの花束』にある「踊り子はふだんは化粧をしない。仕事で目いっぱい厚化粧をしているので、肌を休ませるのだ。やはりうっとおしいからだ」といったところを読むと、踊り子から解き放たれた女のノンフィクションの日常が見られてうれしい気持ちになってしまう。
by yumenonokoriga | 2013-04-20 11:15 | 日劇ミュージックホールの文学誌

いまはない日劇ミュージックホールをめぐるコラムです。

by yumenonokoriga
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