ある懐古記事

 日劇ミュージックホールが閉場したのは一九八四年(昭和五十九年)三月二十四日だからすでに三十余年が経つ。「夢の残り香」としては、もっともっと関係者やファンの懐古談を読んでみたいと願っているがなかなか叶えられない。
 といったことを思いながらパソコンにある資料を整理していたところ、以前にダウンロードしておいた懐古記事を見つけた。
 「カタツムリの戯言」というブログの一篇で「古秀さん」の署名、二00二年六月十四日の日付がある。念のため検索をかけてみたが同ブログの所在は知れなかったのでお断りなしの紹介となる。
 「いささか懐古趣味になりますが、今はもう無くなって久しい日劇ミュージックホールが懐かしいです。覚えて居るだけでも、奈良あけみ、小浜奈々子、アンジェラ・浅丘、五月美沙、島淳子、朱雀さぎり、松永てるほなどなど素晴らしいスター達が居て、抜群のプロポーションと美貌を誇り、数々の伝説(例えば大酒豪だとか・・・)の持ち主も沢山いました。もう二度とあんなショウは見れないと思うと、あれは本当によき時代だったんだなあと思います」。
 このとき「古秀さん」は六十三歳だから観劇歴は相当に年季がはいっている。ただしジプシー・ローズの舞台には間に合わなかったようだ。わたしはほぼ一回り下でここに名が挙がったダンサーのうち奈良あけみのステージには接していないが、それでも眼福に恵まれたほうだろう。
 「自分はいつも公演が始まるとその初日に行く事が多かったです。もう待ちきれないというか・・・」と「古秀さん」は熱心だ。
 ある日、その熱心が暴走して、ことによるととんでもない事件になりかねない行為に及ぶ。
 「立ち見席で両手をうしろで組んでいる若い子がいたので、その子の真後ろに立って股間を押し付けるとすぐさま握ってきました。それでふたりで外出し、第一生命ビルの大きな柱の陰でしこしこやっただけで別れました。今となってはそれもこれもただただ懐かしい思い出です」。
 事件とならなかったうえにうらやましい体験をなさった次第で御同慶の至りだけれど、事件となれば威力丸出しのセクシャルハラスメント、強姦未遂の刑事犯だ。
 もっともミュージックホールが閉場した当時はまだセクハラという言葉は広く知られていない。一九八九年刊行の新明解国語辞典(第四版、三省堂)にはセクシュアルの項目はあるがセクシュアルハラスメントはない。じつは福岡市の女性が全国ではじめて性的嫌がらせを理由に提訴したのがこの年で、当時はいまほど聞き慣れた用語ではなかったから第四版はこの言葉を採らなかったのだろう。
 それから十年、一九九九年に第五版が出て、ここにはセクハラが立項されている。第四版と第五版とのあいだの年月にこの問題が大きな社会問題となり、セクハラという言葉が定着したことがうかがえる。なお語釈には「性的嫌がらせ、特に職場などで、女性に対して当人がいやがる性的な言葉を男性が口にしたり行動に表したりすること」とある。
 話題をミュージックホールに戻すと、わたしには「古秀さん」のように立ち見席の若い女性の姿態にまで目を遣ったおぼえはない。一回り下の若者にはステージの美女をまえにそうした余裕はなかったとしておこう。
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by yumenonokoriga | 2017-07-28 10:58 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)