「日劇」の記憶

今日(2015/3/24)の朝日新聞が、TOHOシネマズは東京・日比谷地区に都内最大級のシネコンを建設する予定で、2018年の開業に合わせ、近隣のTOHOシネマズ日劇とシャンテを閉館すると報じている。したがって戦前から有楽町のランドマークとして知られてきた「日劇」の名前が消えることになりそうだとのこと。
記者は「日劇」といってもピンとこない若い人たちが多くいるにちがいないと考えたのだろう、そのあとに以下のようにご丁寧な解説をつけてくれている。

〈「日劇」は日本劇場の略称。1933年に開場し、映画の話題作を上映する一方で、併設された日劇ミュージックホールでは日劇ダンシングチームのレビューやロカビリー全盛期のウエスタン・カーニバルなどが人気を集めた。〉

本ブログの読者は、これが大劇場と小劇場(ミュージックホール)を取り違えた噴飯ものの説明であるのはおわかりだろう。名前が消える以前に、かつて日劇と隣り合わせに建っていた朝日新聞(写真手前)にしてすでにこの劇場は霧の彼方にかすみゆく存在どころの話ではなくなっている。
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by yumenonokoriga | 2015-03-24 09:16 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)

奈良あけみと力道山

三代目市川左團次は晩年、丸尾長顕に「奈良あけみはいいよなア」と語ったという。おなじく七代目尾上梅幸も彼女のファンだったそうだ。
いずれも「週刊実話」昭和四十七年三月十三日号に載る丸尾長顕「ヌード界今昔つや情報 力道山に処女を捧げた奈良あけみ」にある話だ。ほかにも彼女に心を寄せた男としてフランキー堺、舟橋元、伊豆肇、梅若正二の名前が見えている。
そうしたなか「それをさっと力道山の烈しい恋が、横から奪ってしまった」「二人の恋は急に燃え盛って、結局奈良の告白では彼女の初めての男が力道山だったらしい」と丸尾は書いている。
どのような事情があったのか知らないが力道山と奈良あけみの恋は成就しなかった。力道山の伝記はいくつかあるはずだが、そこのところの機微に触れたものがあれば読んでみたい。
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by yumenonokoriga | 2015-03-10 11:55 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)