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福田宗吉

 柳澤愼一『明治大正スクラッチノイズ』(ウェッジ文庫)を読んだ。
 この前、著者をスクリーンで拝見したのは三谷幸喜監督「ザ・マジックアワー」(2008年)だったが、今回は活字を通してお目にかかった次第だ。同書は二00九年の刊行(単行本は二0000年文芸社刊)だから申し訳なくも長年積ん読の状態にあった。
 明治、大正の社会、風俗、大衆芸能などについて編年体で書かれたこの本の一九一三年(大正二年)の記事に、浅草六区のオペラ館、帝国館、電気館、富士館、千代田館、大勝館など活動写真館の繁栄の模様が述べられている。
 そこではオペラやオペレッタの序曲、管弦楽曲のサワリ、外国航路の専属バンドが伝えてくれる世界各国の流行歌などが演奏され、洋楽の普及とファンの拡大に一役買った。
 演奏した楽士はといえば「前田環、宮田清蔵、黒柳守綱(徹子の父君)といったクラシック畑、昭和二十七年日劇ミュウジックホール開場時にも良きマトメ役を務めた福田宗吉、そして外洋航路の波多野福太郎ら、やがて日本の洋楽界をリードしてゆく名手達が、進取の気性に燃えて譜面をにらんで居た」とある。
 本欄として見逃せないのが「昭和二十七年日劇ミュウジックホール開場時にも良きマトメ役を務めた福田宗吉」だ。「マトメ役」というのはミュージックホールの演奏グループを率いたという意味だと思うが、丸尾長顕『回想小林一三』や岡田恵吉『女のシリ・シンフォニー』を見てもその名前が見当たらず、とりあえずは宿題とするほかない。
 なおネットで調べると福田宗吉は一九三三年年から三七年にかけて日活多摩川で録音や音楽監督の任にあったことが知れた。
 また柳澤愼一についても検索したところWikipediaに一九五七年池内淳子と結婚、翌年離婚したあと一九六0年五月に日劇ミュージックホールのヌードダンサー瞳はるよと再婚したが一九八九年には独身と報道されている、とあった。再婚はこの年の春の公演「夜に戯れて」に柳澤が特別出演したのがきっかけだった。
 公演リストによると瞳はるよは昭和三十四年の「恋もジェットの翼に乗って」と「笑っちゃいや」、翌年柳澤と結婚する直前の初春公演「乳房に虹がかかっている」でヌードのトップに名前が見えている。
 結婚のきっかけとなった「夜に戯れて」のトップは小浜奈々子、そのつぎが瞳はるよだった。
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by yumenonokoriga | 2015-11-20 10:30 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)

パリで

 先月下旬にパリを旅した。かつての日劇ミュージックホールの舞台を思わせるムーランルージュやリドに行きたかったが残念ながら時間の関係で叶わなかった。
 ムーランルージュは先年訪れているので、今回はぜひリドへと思ったが、シャンゼリゼにある同劇場の前を通り過ぎただけで次回のおたのしみとした。
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 その代りといってはなんだが、セーヌ川のほとりの古本市でなつかしいパリのレビューを描いたポスター写真を買ってきた。

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by yumenonokoriga | 2015-11-02 11:20 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)