脚線美閑話(七)~アンクレット

 脚線美を彩る装飾品にアンクレットがある。
 アンクレットを知ったのはずいぶん昔に観た「深夜の告白」で、バーバラ・スタンウィックの脚にこれがつけられていた。ビリー・ワイルダーとレイモンド・チャンドラーが組んだフィルム・ノワールの古典は小道具でも強い印象を残している。
 ロサンゼルスの保険会社に勤務するウォルター・ネフ(フレッド・マクマレイ)は、顧客の実業家ディートリクスンの自宅で、美貌の後妻フィリス(バーバラ・スタンウィック)に出会い、やがて誘惑され不倫の関係に陥り、保険金目的での夫殺しに荷担してしまう。
 ここでアンクレットはバーバラ・スタンウィックの脚の美しさを強調していて、この装身具を光らせて階段を降りてくるフィリスにネフは魅了され最後は殺人を犯してしまう。
原作は『郵便配達は二度ベルを鳴らす』とおなじジェイムズ・M・ケインの『倍額保険』で、映画を知る以前に新潮文庫で読んでいたけれど女の脚の記述がどうなっていたのか記憶はない。新潮社さんぜひ復刊してください。
 フィリス・ディートリクスンという役柄は演じたバーバラ・スタンウィックが「ファンがわたしとフィリスを混同し、もうわたしを好きでなくなるんじゃないかと、心配だったの」と憂慮したほどの稀代の悪女だ。
 彼女の衣装デザインを担当したのはイデス・ヘッドで、のちに「ローマの休日」や「麗しのサブリナ」のオードリー・ヘプバーン、「裏窓」のグレース・ケリーを担当したことでも知られる。このハリウッドの衣装デザインの第一人者は「深夜の告白」について「服はあまり目立ってはいけないし、安っぽすぎてもいけないんだけど、バーバラ・スタンウィックの身体の線を見せなくちゃならないの。彼女の脚はとてもきれいだった。誰の脚もーディートリッヒの脚でさえーあんなにきれいじゃないわ。(中略)スタンウィックはそんなに背が高くないのに、身体の割に脚が長くて、しかも形がきれいなの。どうすればその脚が引き立つか知っていたから、彼女は実際よりずっと脚が長いようなイメージを作りあげていたわ」と語っている。(シャーロット・チャンドラー、古賀弥生訳『ビリー・ワイルダー 生涯と作品』アルファ・ベータ)
 いっぽうビリー・ワイルダーはキャメロン・クロウとの対話『ワイルダーならどうする?』(宮本高晴訳キネマ旬報社)で「スタンウィックは頭の切れる女優だった。彼女のもちこんだあのカツラのことは質してみたが、あの女性にぴったりだった。ひと目でわかるいかにものカツラだからだ。それに、あのアンクレットーあの種の男と結婚する女がつけていそうな装身具だ。殺しに飢えているさまがありありだ」と述べている。
 こうしてバーバラ・スタンウィックのアンクレットが美脚にアクセントを添えたのはもちろんだが、同時に魅惑の悪女の装身具というイメージも鮮烈なものとなった。
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by yumenonokoriga | 2016-04-17 09:24 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)

脚線美閑話(六)~「林檎の木の下で」

 「林檎の木の下で」という歌をご存じですか。一九三五年にエグバート・ヴァン・アルスタインという人によって作曲され、日本ではそのちょっとあとでディック・ミネの歌でヒットした。
林檎の木の下で明日また逢いましょう・・・・・・あかるく、ほがらかな歌詞とそのイメージにぴったりのかろやかなメロディ。灰田勝彦が歌ってヒットした「鈴懸の径」をジャズにアレンジした鈴木章治の慧眼はさすがだが、このアメリカの小唄をすぐさま日本の歌としたディック・ミネのそれも勝るとも劣らない。
はじめて聴いたのはいつだったかさだかではないけれど、そのときはディック・ミネが歌っていた。その後、「上海バンスキング」の挿入歌のひとつとして吉田日出子が歌うのを聴いていっそう好きになった。熊坂明のピアノトリオにクラリネットをくわえた伴奏で吉田日出子が歌ったヴァージョンは名演です。
ところで川端康成は『浅草紅団』で浅草の喚起するイメージとして、エロチシズム、スピード、ユーモア、ジャズ・ソング、女の足を挙げていて、久世光彦は『みんな夢の中』で、川畑康成を引用しながら、これらと「林檎の木の下で」とを結びつけている。
 この歌が巧みに採り入れられた小説に野口冨士男が一九五四年に発表した「夜の鏡」という短編がある。戦後、一年ちかく浅草のレビュー劇場でラインダンスの踊り子として出ていた葉子は、嫌気がさしてやめたのち、みずから決意して芸者に転ずる。ある夜、客が銚子を二本あけたところへ、女中が「お支度ができました」と告げる。葉子がその部屋へ向かおうと廊下の姿見に立ったとき、どこかのラジオからこの曲が流れてくる。彼女はこの歌に合わせてラインダンスを踊ったことがある。浅草のレビュー劇場にいたころのはかない思い出である。
 わたしには「林檎の木の下で」とラインダンスが結びつくイメージはなく、久世光彦が浅草のイメージとこの歌を結びつけた感覚が野口冨士男の花柳小説でなんとなく理解できたしだいであった。
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by yumenonokoriga | 2016-04-03 09:29 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)