立ち見の客

 「アサヒグラフ」昭和五十二年一月二十八日号に「二十五周年を迎えたヌードの殿堂」という記事があり、「’77乳房の祭典」が紹介されている。トップスターに朱雀さぎり、そのあと舞悦子、高見緋紗子、岬マコ、浅茅けいこたちがつづいている。トニー谷がゲスト出演しているのが二十五周年にふさわしい。
 なお下の朱雀さぎりの艶姿は同誌より引用させていただいた。
 「二代目」というペンネームの方が「明るく、のびやかなエロチシズム」と題した記事を書いていて客席風景の普通の劇場とちょっと違うところと、まったく違わないところの描写をなつかしく読んだ。
 「たまたまウイークデーの昼間のステージだったが、定員四百人のところが超満員なのである。しかも、空いている左右の席に座らずに、正面の後方にみな立って見ているのが、普通の劇場とは、ちょっと違うところだ」
 「かぶりつきに身を乗り出すでもなく、口笛や掛け声をかけるでもなく、拍手と笑い声だけで、普通の劇場とまったくちがわない。女性の姿も多くて、劇場の話では約一割は女性客だという」
 そういえばわたしははじめから立ち見をしたおぼえはないが、ステージが終わり客席を立ったものの、もうすこし観たいなと次のステージの前半を立って観たことが何回かあったのを思い出した。
 劇場の見取り図をご覧になればおわかりのように左右の端っこの席にくらべると正面、照明室の下あたりからの立ち見は座るかどうかを別にすれば特等席だった。

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 もっともこれは有楽町のころのはなしで、日比谷の劇場は舞台と客席との角度が悪くて、指定席はともかく一般席の多くは有楽町時代の左右の端の席のようなもので、それに立ち見のスペースはなかったから「二代目」さんに倣って言えば、構造面で普通の劇場にくらべるとだいぶん劣っていた。
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by yumenonokoriga | 2016-07-28 10:14 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)

映像視聴のパーソナル化

 このブログを設けている余得で、先日ある方からご連絡をいただき、日劇ミュージックホールに関するコレクションを拝見させてもらった。おかげさまで三十冊ほどのパンフレットを中心に関連記事の載る週刊誌、グラフ誌、台本などが眼福をもたらしてくれた。
 紙媒体のほかにVHSのビデオテープとVHDのソフトがあったが、残念ながらお借りしてもわが家には再生する機器がない。かつてはVHSのビデオ機器と何十本かのテープもあったがDVDついでBlu-rayがとって代わり機器、テープともにいまはない。VHDのソフト(写真)ははじめてで、あまり普及しなかったはずだから機器のほうはいまだに見たことがない。
 映画館で「デジタル上映」という文字を見かけることが多くなった。映画の歴史において長いあいだ唯一の記録フォーマットはフィルムだったが、デジタルシネマの台頭によりフィルムは消えつつある。映像、音声を記録する技術の変化に製作費や劇場の営業の問題などが絡んでの結果だろう。フィルムのもつ質感や光との関係をデジタルはカバーできないと語る人は多いが、そこから先の対応はフィルム派、デジタル派、中間派に別れる。
 こうした流れと並行して映像作品視聴のパーソナル化が進展した。映像機器の発展によるパーソナル化の先には映画館の消滅が待ち受けているのかもしれない。それは劇場が提供してきた祝祭性や社会性の消滅にほかならないと考えるが、なかにはパソコンを通じての対話を促進するだろうと楽観視する論者もいるそうだ。
 ずいぶんと味気ない話ではある。そうは言っても自身の六十数年を振り返っていちばん大きな影響をもたらした家電製品はビデオなのである。古今にわたる作品が手軽に自宅で観られるのは若い人にはあたりまえでも団塊の世代が経験したのは三十歳を過ぎてからであった。
 ここでVHSとVHDの話題に戻るのだが、この両者ともにソフトは残っていても再生機器のほうは今やマニアックな方の部屋にしかないとして過言ではない。
 ビデオ機器の普及をめぐってはVHSとベータ方式との規格とシェアをめぐる争いがあった。これにLD(レーザーディスク)とVHDの争いが続いた。日劇ミュージックホールはVHSとVHDに映像記録を残したが、それら稀少価値のソフトを入手したとしても再生機器がなければ飾りにしかならない。記録方法が変化するとディスクは残っても上映機器は生産停止になりやすい。それと現状ではデジタルはフィルムのように長い歳月の保存に耐えられないらしく、案に相違していまでもいちばん保存に適しているのはフィルムなのだそうだ。
 ミュージックホールの映像ソフトを前にして、切歯扼腕しながらの感想である。
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by yumenonokoriga | 2016-07-11 10:56 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)