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吉村平吉とジプシー・ローズ

a0248606_9472679.jpg 一九二0年生まれの作家吉村平吉は戦中は兵士として中国各地を転戦し、戦後復員してからは浅草の軽演劇団に所属し、その後、上野、浅草、新橋、吉原などの風俗地域で生活した。一時期、いわゆるポン引きをしていたこともあるらしい。著書に『実録エロ事師たち』『吉原酔狂ぐらし』『浅草のみだおれ』などがある。二00五年に八十四歳で亡くなった。
 東劇バーレスクや日劇ミュージックホールで踊った伝説的ストリッパー、ジプシー・ローズに『ストリップ半生記 裸の自叙伝』という自伝がある。(筆者は未見)。一九六六年に久保書店から出版されている。田中小実昌『楽屋ばなし』によるとジプシーの手記ふうに書いてあるが、じっさいに執筆したのは吉村平吉と正邦乙彦だった。正邦はジプシーの内縁の夫かつマネージャーだった人だ。
 この『裸の自叙伝』が刊行された前年一九六五年秋にジプシーは山口県防府市のスナックのママに迎えられ、正邦とともに赴いた。吉村の『吉原酔狂ぐらし』には東京を去る二人の送別の宴の模様が記されている。
〈いよいよ東京を去るにあたって、小実昌さんとわたし(吉村)も加わって、ささやかな送別の宴を浅草で開くことにした。
 小実昌さんもわたしも、ジプシーの全盛期からのファンであったし、正邦さんともお互いに個人的に親交があったので、ジプシーの舞台からの引退、そして、いわば都落ちする二人の心情を想い、いささかの感慨があったのである。
 だが、送るほうも送られるほうも、いずれも、そんな深刻ぶったり感傷的になったりするようなタマではなかった。
 ジプシーも、正邦さんも、小実昌さんも、わたしも、大いに楽しく飲んだ。何軒かの飲み屋をハシゴして、結局最後には、新五十間の由紀子のバーで打ち上げることになった。
 深夜まで、ここでも大いに愉快に飲んだ。・・・・・・想えば、一代のストリップの女王ジプシー・ローズの、これが最後の浅草の夜だったわけだ。〉
 翌年『裸の自叙伝』の出版記念会にジプシーと正邦は上京した。おなじく吉村の『浅草のみだおれ』には、このとき浅草のどぜう屋でおいしい、おいしいと丸鍋を三人前もおかわりしていたジプシーの姿が書きとめられている。ジプシー・ローズは翌年四月二十日スナック・ジプシーの二階で急性心不全により倒れたから、彼女にはこのときが最後の東京となった。

by yumenonokoriga | 2012-01-08 03:28 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)