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谷崎が見たミュージックホール興隆期

a0248606_10435369.jpg 『谷崎一郎=渡辺千萬子 往復書簡』所収昭和三十三年七月二十一日付け谷崎の千萬子あての手紙に、昨日は、家族はボリショイサーカスを見に行き「僕は日劇のミュージックホールへ行きました、すつかり顔ぶれが変つて美人ぞろひになり出し物も大へん面白くなりました、今度君が来たら是非案内したいと思つてゐます」とある。
 ということは谷崎がミュージックホールに行ったのは七月二十日だから、このとき上演していたのは「夏の夜はいたずらもの」。この公演で小浜奈々子がはじめてトップにクレジットされた。スター誕生であり、その後のミュージックホール隆盛を思えば記念すべき公演だった。
 この年の一、二月公演のトップは伊吹まり代、三、四月が桜洋子、五、六月が月城ゆりで、伊吹、桜はこれでもって引退、月城も翌年以降出演者リストにその名を見ない。ミュージックホールはこの前の年あたりから世代交代期を迎えてヌード陣は弱体化していた。
 丸尾長顕は当時のことを『日劇ミュージックホールのすべて』で「伊吹まり代の引退興行である一、二月公演「『日本髪の恋愛選手』をきっかけに、傘下に集っていたスタアたちが続々とやめていった(中略)ほんとうに一人も残らなくなってしまったのである。興行成績は眼に見えて悪くなった」と語っている。
 このとき救世主のように現れたのが小川久美で、当時、短大卒のヌードダンサーとして大きな話題になった。「インテリ・ヌード」で話題を呼んだダンサーとしてはもうひとり丘るり子がいた。とりわけ小川久美の登場は新人ダンサーの呼び水となった。彼女に刺激されたかのように多喜万利、美保みどり、菊島八千代、有田ミノルがデビュー、さらにそれにつづく新進ヌードとして香月顕子、加茂こずえ、室生紫、小松光子たちが舞台に上がった。
 小浜奈々子がトップの座を占めたのはこのような時期だった。この「夏の夜はいたずらもの」の出演者リストには彼女のほかに、月城ゆり、丘るり子、瞳はるよ、朱雀さぎりの名がある。前年には沈滞気味だった舞台になんとかして客を呼ぼうとシスターボーイを出演させているが、しょせんは窮余の策にすぎない。
 谷崎の書簡の「すつかり顔ぶれが変つて美人ぞろひになり出し物も大へん面白くなりました」との一節は図らずもミュージックホールが上り坂状態に入ったことの証言となっている。
       

by yumenonokoriga | 2012-03-15 10:41 | Comments(4)

Commented at 2012-04-02 00:01 x
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Commented at 2012-04-02 00:05 x
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Commented by yumenonokoriga at 2012-04-06 09:52
みどりやまさん
コメント、ありがとうございます。わたしは地方の高校生だったのでMHへ行ったのは大学生になってからで、みどりやまさんのような経験はないのですが、しかし別の体験ではあってもおなじ甘酸っぱい青春の味が甦ってくるような気がいたしました。本ブログはことしのお正月からはじめました。おかげさまでこれまでのところ話題にこと欠くこともなくて、次回で20回を数えます。できれば150~200回くらい書けるように念じています。今後ともよろしくお願い申し上げます。