人気ブログランキング |

朱雀さぎりのデビュー

a0248606_98512.jpg ジプシー・ローズは「笑わないスター」だったと伝えられている。あんたみたいな男にこのジプシーが抱けるものか、もしも近づいたりしてごらんグラインドで吹き飛ばしてしまうよ、彼女の舞台にはそんな雰囲気がたちこめていたという。
 その舞台に接していない者の想像にすぎないけれど、ジプシー・ローズ以後の日劇ミュージックホールのダンサーのうち、朱雀さぎりこそジプシー的ムードを濃厚に湛えた踊り子だったような気がする。
〈四十年近く女の裸の世界とつきあってきたが、朱雀は五指に入る踊り子。腰を大きくグラインドさせるストリップ独特の踊りは、吹き飛ばされるようなすごみがあった。あのジプシー・ローズに次ぐ迫力だった。〉
 ミュージックホールの演出家でのちに浅草ロック座の演出に転じた平田稲雄の回想だ。
 朱雀さぎりは笑わないスターではなかったが、基調は笑顔よりも緊張感のあるひたむきな表情だった。彼女のひたむきさにこちらもしっかり見つめていないとはじき返されそうな気がした。視線に力を込めて見つめる、片時も力を抜かずに見つめつづけても微笑んでくれるかどうかわからない凛としたたたずまいがあって、しかしそんな彼女がときに洩らす笑みがこれまた男をとりこにした。
 朱雀さぎりは小浜奈々子と従兄弟どうしだった。彼女が十六歳のとき新進のヌードダンサーとして売出しかかっていた小浜が引き取って面倒をみることになったのだという。ある日二人で銭湯に行ったとき小浜が「あなた、とっても綺麗なからだをしてるじゃないの。私のようにヌードダンサーになりなさいよ」。親のない娘は心ならずも「やってみようかしら」と返事をした。そこで小浜は浅草のフランス座に紹介したが、朱雀のほうは決心していたにもかかわらずどうしてもヌードになる勇気はなく一日でやめて帰ってきた。
 それから二年間は小浜の家に住み込んでカバン持ちのような生活をしていたが、やがて小浜の妹が西崎ぼたんとしてヌードになる決意をしたと聞いて彼女もこんどこそと気持を決めた。こうしてミュージックホールの舞台に立ったのが昭和三十三年七月、そのときの公演「夏の夜はいたずらもの」のトップスターは小浜奈々子だった。もう大丈夫と思っていたのに小浜の家に帰ってふとんに入るたびに声を殺して泣いたという。
(写真は石崎勝久『裸の女神たち』より)

by yumenonokoriga | 2012-05-25 09:54 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(2)

Commented by 秋山薫 at 2012-05-26 20:47 x
朱雀さぎりと小浜奈々子は
母親どおしが姉妹のいとこです。
Commented by yumenonokoriga at 2012-05-27 23:16
秋山薫さま
ありがとうございます。私が使った資料の記述が間違っていたんですね。なお、文献に当たった上で修正します。今後ともよろしくお願いします。