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ヘレン滝

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 日劇ミュージックホール開場当時のスターだったメリー松原ははじめ浅草のロック座でデビューして人気を得たが、おなじころ浅草の常盤座で人気を博したスターがヘレン滝だった。戦前は松竹楽劇団のレビューの踊り子だったのをのちにジプシー・ローズのマネージャーとなる正邦乙彦が口説き落として常盤座の舞台へ上げた。滝洋子改めヘレン滝の誕生だった。歌手の土屋伍一の細君として不遇をかこっていたのを正邦は見抜いていた。土屋伍一については色川武大が『あちゃらかぱいッ』でその人物像を描いている。
 ヘレン滝は一九四八年(昭和二十三年)三月常盤座で正邦乙彦演出のデカメロンショーの舞台でブランコに乗って登場して人気が沸騰した。ここで正邦はそれまでリベラルショーやバーレスク、裸ショーなど呼称も統一されていなかったのを、いまこそチャンスと判断して今後この種のショーをストリップショーと名付けたいと訴えている。
 橋本与志夫によると慧眼の正邦がわざわざ口説いただけあって、美しい肢体とみごとな踊りのテクニックの持ち主はあっというまに花形となったけれどアルコールなしで舞台に出られないほど気が小さかった。
 あるときアルバイト先のクラブで、幕間に一杯ひっかけて一眠りし、出演まぎわに目をさましたのはよかったが、唯一の衣装であるバタフライが見当たらない。乱雑な楽屋で行方不明になったらしい。出番の時間が迫っても見つからず、酔いの勢いも借りて、化粧台の前にあった一輪挿しから薔薇の花を取って股間にはさみ、巧みなテクニックで踊り抜いたというエピソードがある。
 しかしつぎつぎに登場する若いストリッパーにおされて、いわゆるドサ回りに転じざるをえなくなる。色川武大前掲書によると彼女自身に欲がなく、こんどソロで踊らしてやるから振付を覚えなよといわれても、いいよ、疲れるからと応ずるタイプのダンサーだった。引退後は変転の激しい人生を送ったようで、最期は見守る人もないままに若くして世を去ったという。
 橋本与志夫『おお!ストリップ』には引退後SKD出身の男役だったY・Uという踊り子と共同で花屋を開業していたのが数年後には一人で細々と廃品回収に回っていたという消息が記されている。
(写真は橋本与志夫『ヌードさん』より)

by yumenonokoriga | 2012-09-05 09:05 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)