『新宿の夜はキャラ色』

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 居住する区の図書館で森泉笙子『新宿の夜はキャラ色』を検索したところうまい具合に架蔵されていたのでさっそく借りてきた。「藝術家バー・カヌー」との副題があり、埴谷雄高が跋文を書いている。一九八六年九月三十日第一版第一刷、版元は三一書房。『私は宿命に唾をかけたい』の関根庸子は森泉笙子として作家再デビューしていたのだった。
 本書は副題が示しているように新宿のバー、カヌーに集った文学界、映画界の多士済々の回想を主たる内容としている。表紙には主な登場人物として田村隆一から武田泰淳まで五十人の名士がならび、日劇ミュージックホールの関係者としては丸尾長顕の名前がみえている。
 〈「ママはたしかNミュージックホールの踊り子さん出身だよね。ヌードだったの?」
 客の誰かがそう言っているのへ庸子はこの際言っておこうと思った。
 「ヌードじゃなかったのよ。ヌード群とは別に編成された七人のチームの中の一人だったの。ミュージックホールの円型のセリ台の上で、ソロもやったわ。フィリピン人のビンボー・ダナオばりのセクシーな中年のおじさんの唄い手と組まされて、その人の唄に合わせて、私が踊り、『テンプテーション』という曲だったわ。(以下略)」〉
 本書の一節だが、本コラム「カヌーというバー」の冒頭に「現役の日劇ミュージックホールのヌードダンサーが書いた自伝小説『私は宿命に唾をかけたい』。ここには著者関根庸子の「血まみれの真実」が書かれていた」と書いたけれど、筆者としてもこの箇所については「この際」訂正しておかなければならない。
 丸尾長顕については「原稿用紙の書き方も知らぬ庸子を二年間、熱心に指導し、育てた」と書いて謝意を表している。
 おなじく丸尾について、ある女性が大阪松竹少女歌劇団を退団後、新しく芸能界で身を立てようとして、父親の友人、河上丈太郎を保証人に、関西大学の教授だった河上の教え子の丸尾を頼って上京したという記述がる。ミュージックホールの演出家と社会党委員長の取り合わせがなんとはなしにほほえましい。もっとも河上は関西学院大学の教授であり、丸尾もここを卒業しているから関西大学の教授というのは著者の記憶違い。
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by yumenonokoriga | 2013-01-10 10:41 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)