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雪村いづみ

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 日劇ミュージックホール開場公演「東京のイブ」には越路吹雪がゲスト出演している。以後たくさんの歌手がこの劇場の舞台に立った。ちょっと名前を拾ってみると、高英男、浜口庫之助、笈田敏夫、田谷力三、沢たまき、松尾和子、淡谷のり子、豆千代、坂本スミ子、水森亜土、三島敏夫、岸洋子、安田南、浅川マキ、新谷のり子といった錚々たる、またなつかしい名前がならんでいる。
 閉場まぎわにはトップスターの岬マコが歌手を務めていた。合理化策の一環だったのだろう。上手な歌だとしてもダンサーに歌手を兼ねさせるのはいくらなんでも気の毒というもので、振り返るとこんなところにも劇場の追いつめられた姿が表れていた。
 ところで美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人娘では雪村いづみがゲスト出演したことがある。しかもその芸名の由来には丸尾長顕が関係していたとの証言が音楽評論家で劇団四季の取締役の任にもあった安倍寧の著書『ショウ・ビジネスに恋して』に述べられている。
 それによれば彼女はミュージックホールのオーディションを受けたことがあり、試験官は丸尾長顕だった。昭和二十年代、まだオーディションという言葉は使われていなかったころの話だ。もちろん歌手としての採否であってヌードダンサーのそれではなかったのでしょうね。
 このときひと目で気に入った丸尾は草染いづみという芸名を用意した。なぜ草染だったか。宝塚歌劇団文芸部にいた丸尾らしい字面、言葉の響きが感じられると安倍氏は推測している。
 ただし丸尾も草染で納得したわけではなく、ある日、この件を小林一三に相談しようとしたが、間が悪く、ちょうど夜の宴席に出かけようとしていて、小林からは「今、築地の雪村で客が待っている。次回にしてくれ」とにべもない返事。ところが丸尾は「それじゃあ、その雪村という屋号をいただこうじゃないか」とここに雪村いづみが誕生した。
 雪村いづみが出演したのは劇場が開場した一九五二年(昭和二十七年)の七八月公演「サマースキャンダル」で、ここで伊吹まり、メリー松原、ヒロセ元美の三大スターがはじめて勢揃いしたのだった。

by yumenonokoriga | 2013-01-15 12:05 | Comments(0)