ヌードダンサーとファッションモデル

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 丸谷才一『たった一人の反乱』は二十世紀の六十年代から七十年代にかけての知的、精神的なものを含めての風俗を描いた記念碑的作品で、その冒頭に、二人のファッションモデルが日劇ミュージックホールのダンサーに見立てられる場面がある。一九七二年に書き下ろし作品として発表された本作が谷崎潤一郎賞というミュージックホールと浅からぬ関係のあった作家の名前を冠した賞に輝いたのも何かの因縁であろう。
 元通産官僚の馬淵英介とモデルのユカリが親しくなる。ユカリは彼女を乗せたタクシーの運転手が踊り子と推し量った、そんなたたずまいのあるモデルだ。彼女の友人でおなじくモデルのマヨも親しい男からミュージックホールからオファーがあるんじゃないかなどとからかわれている。
 やがて馬淵はユカリの部屋を訪れて・・・・・・馬淵は彼女が外出の支度をする光景を一人称で綴る。
〈低いストゥールに腰かけて化粧をする彼女の顔は、三面鏡の左の部分の裏側で視界からさえぎられている。長い脚は、はじめは見られることを意識してきちんと揃えてあったが、化粧に身がはいってくるとまず左脚が横に投げ出され、やがて右脚もストゥールのかげに隠れる〉
 化粧が済むと盛装するため別室に行き着替えをする。馬淵は衣類を脱ぐ音の一つ一つをなまなましく聞き取った。あるいはストッキングを脱ぐかすかな音まで耳にしたのは気の迷いで、つまり聴覚の足りないところを想像力が補っていたのかもしれないと疑いながらもたしかに聞いたと感じられた。そうしながら馬淵の想像力は一瞬ごとに着衣のユカリを裸体のユカリへと近づけていった。
 踊り子は脱いで見せなくてはいけないけれどモデルは着て見せるのが商売で、モデルをしている女が衣装を着けてゆくのに反して馬淵は衣装を付けない女の姿を思う。ここは一種の妖しい倒錯で、わたしにも、ヌードの踊り子が盛装すればどれほどの美しさを誇るのかしらと想像しながら舞台を眺めたおぼえがある。
 外出するはずの馬淵とユカリだったが、ふとしたことでそのまま同衾に及ぶ。作者はここまで書けばあとは読者が想像をめぐらすに如くはないと考えたのだろうベッドシーンの記述はなくあっさりと済ませている。華やかで優雅でエロティックな場面はご想像におまかせします。
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by yumenonokoriga | 2013-01-25 09:27 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)