永井荷風の見た客席

a0248606_1232197.jpg
 日劇ミュージックホールがスタートしてまだそれほど経っていない頃、劇場改装のお披露目があって、招待された吉行淳之介が足を運んだところ、エレベーターの前で顔見知りの大学助教授が飛び出してきて、肩を抱くようにして笑顔で挨拶してくれた。浅いつきあいだったからその親愛ぶりが異常に思えたが、うしろめたい気分でミュージックホールにいたときに知り合いを見つけて安堵したというのが真相だったらしい。
 吉行は『私の東京物語』で「当時、私たち小説家はおおむね無頼であって、ストリップ見物などは日常的な事柄であったが、一般市民にとってはかなりの冒険だったようだ」と振り返っている。
 一九五0年(昭和二十五年)八月号の「オール読物」誌上に「荷風先生とストリップ」という座談会が載っている。浅草のストリップ劇場の楽屋で行われたもので、荷風とヒロセ元美、ベッティ丸山、ナミジ笑、オッパイ小僧こと犬丸弓子のストリッパー諸嬢が参加して、司会は仲沢清太郎が務めている。
 ここでは日劇小劇場当時の客席の表情が語られていて、吉行淳之介の回想を裏付けるものとなっている。
 まずは荷風の観察。
 〈日劇小劇場の客は忙がしい用事の間にちょつと見るといふ人が多いね。浅草あたりはさういふのは少いと思ふな。日小の人はむづかしい顔をしたのがゐますよ。一番堅い人がゆくんぢやないかな。〉
 ついでヒロセ元美が語る。
 〈日小のお客さんは落着いて見ていない人が多いんです。用事のために途中で帰つちやふ人も多いらしいんですよ。〉
 心から楽しんでくださっていると思えばこそ一所懸命になれるのに。ブスッとした顔で見られていると踊っていてもつまらない。日本の人はあんまり固くなって見てるからやりにくい。
 いずれもストリッパー諸嬢の意見であり、ここからはストリップの舞台にどんなふうに接したらよいかとまどっている日本の男たちの姿が見えてくる。とりわけビジネス街に近い有楽町の劇場では仕事を気にしながら、固く、まじめくさった表情で見ている客が多かったようだ。
[PR]

by yumenonokoriga | 2013-02-05 12:02 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)