『舞台人走馬燈』

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 矢野誠一『舞台人走馬燈』(早川書房)には尾上多賀之丞、安藤鶴夫、宇野重吉からはじまって小鹿番、眞山美保、戸板康二まで七十三人の舞台人を追悼したエッセイが収められている。この点鬼簿のなかで日劇ミュージックホールの舞台に立ったのはマルセ太郎、水原まゆみ、トニー谷の三人と思われる。別格扱いとしてはこの劇場のこけら落とし公演「東京のイヴ」の主演スターだった越路吹雪とアンジェラ浅丘が師事していたと聞く日舞の吉村雄輝がいる。
 舞台に立った三人のうちマルセ太郎についてはミュージックホールとの関わりは記述されていない。
 トニー谷については一九七八年に久しぶりにミュージックホール出演した際に、あるスポーツ新聞の芸能記者にともなわれて訪問したときのことが回想されている。この年の一二月公演「新しきエロスへの誘い」にその名前はあるが五六月公演「コリーダの夜の熱い夢」にはないので、著者は楽屋を訪れたのは五月としているが記憶ちがいの可能性が強い。そのとき矢野と記者はしきたりどおり「トントン」と声をかけると「カムイン」と答がかえってきて暖簾のかけられた入口をくぐったが、入れ替わりに「私たちの姿を見てほっとした表情の踊り子」が「いろいろどうも有難うございました」と切口上の挨拶をして出て行ったという。楽屋の主が「いや、ちょっとダメを出していたの」とたずねもしないのに言いわけがましい話をしたのは無用の想像をめぐらされるのを避けたのか、あるいは妖しげな話でもしていたのか。来客にほっとした踊り子の表情が気になるところではある。
 最後に水原まゆみについては舞台で躍る姿とスナック夕雨子のママとしての彼女が回想されていて、著者には、じっさいの舞台よりも、ふだんの夕雨子のほうがずっと踊り子っぽく映ったそうだが、ここではあえて舞台の姿を止めておこう。
〈水原まゆみは少しく異色の存在であったように思う。松永てるほの美貌、アンジェラ浅丘の野性味、小浜奈々子の気品、朱雀さぎりの豪放さ、高見緋紗子の愛敬、明日香ミチの哀愁といった、踊り子それぞれ固有の持味が水原まゆみにはなにもなかった。それでいながら、どこか醒めていて、アンニュイな雰囲気をただよわせながら、やる気があるのかないのかわからない風情でつとめる舞台には、なんとも不思議な魅力があった。いったいあれはなんだったのかと、正直いまでも思わないではない。〉
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by yumenonokoriga | 2013-03-25 12:07 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(2)

Commented by 秋山薫 at 2013-03-25 16:11 x
1978年1-2月公演は、新しきエロスへの誘い、です。
Commented by yumenonokoriga at 2013-03-26 17:42
☆秋山様
ご指摘ありがとうございます。確認した上で修正しました。