人気ブログランキング |

わたしの「金井君」体験

a0248606_9194569.jpg
 森鴎外『ヰタ・セクスアリス』に哲学者「金井君」が浮世絵を通して性にめざめたエピソードがある。六歳のとき近所の小原という四十ばかりの後家さんの家に行くと、どこかの知らない娘といっしょに綺麗な彩色の絵本らしきものを見ていて、「金井君」も覗いてみたが人物の姿勢がとても複雑で何を描いているのかそのときはさっぱりわからなかった。それから「金井君」は十歳のとき何の気なしに自宅の鎧櫃を開けたところそこにかつて小原のおばさんに見せられたとおなじ種類の男と女が異様な姿勢をしている絵があり、彼は「兼て知りたく思った秘密はこれだ」と思ったのだった。
 わたしがウォルト・ディズニー製作の「フラバァ」を観たのは一九六一年(昭和三十六年)十一歳の夏だった。フレッド・マクマレィ扮する化学の先生がフラバァなる超弾力性物質を発見し、これをいろんなところで使ってのてんやわんやの爆笑劇で、長身ぞろいのバスケットボールのチームを相手にした弱小チームがフラバァを用いて逆転勝利するシーンはよく知られている。
 この映画を忘れがたくさせているのに映画館を出たとたん耳に飛び込んできた中年のおじさん二人連れの会話がある。「きょうはなかなかいいショーを見たなあ」と一人が言えば、もう一人が「うん」とかなんとか相槌を打った。ショーが歌謡ショーなんかではないとどうしてわかったのかは不明だが、この一瞬少年の胸を大きな衝撃が襲った。そして「フラバァ」のすぐ近くの映画館に目を遣ると、そこには宝石をちりばめた綺麗なブラジャーとパンティだけを付けた背のすらりとしたブロンド美人の看板があった。上映しているのは「世界の夜」という映画だった。
 中年男たちの会話で胸がドキンとし、看板を見て頭に血が上り、心臓は大きな鼓動を打った。見てはいけないと思いながら身体は看板の前で止まった。ダンサーの白い裸身、ハイヒールを履いた脚線の美しさに興奮を覚えたが映画館に入る勇気はなかった。夕食のときは「世界の夜」の興奮を親に気取られてはならぬとむやみに緊張した。わたしの「金井君」体験のひとこまである。
このころ「ヨーロッパの夜」「世界の夜」「アメリカの夜」といったお色気ショーもののブームがあり、そのさなかのわが「金井君」体験はのちに日劇ミュージックホールに足を運ばせた機縁となった。
 あこがれの「世界の夜」はいまなお未見のままである。

by yumenonokoriga | 2013-06-05 09:18 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)