関根庸子をめぐる訂正ひとつ

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 昨年二0一二年十二月十五日付「関根庸子」からことし一月十日付「『新宿の夜はキャラ色』」まで六回にわたり、本コラムでは関根庸子、現、森泉笙子さんとその著書や経営されていたバー、カヌーについて採りあげました。思いもよらずそれらの記事がいま作家をされている森泉さんの目に止まり、おたよりとともに著書(写真)をいただき、またお会いしてお話をうかがいました。
 ところで一連の記事のなかでわたしは彼女の日劇出演の事情について「朱里みさをが率いる旅の舞踊団の座員だった。敗戦後の混乱のなか家計は貧しく、自分が一家を養わなければという思いが募ったはての選択だった。(中略)関根庸子はこの舞踊団を振り出しにやがて日劇ダンシングチームに入団、ここで十人ほどの特別チーム『ビューティーズ』が編成され、メンバーの一人としてミュージックホールへ出演した」と書きました。(「『欲望の迷宮』における関根庸子」)
 典拠としたのは橋本克彦『欲望の迷宮』でした。
 ところが森泉さんによるとこの記述は訂正しなくてはいけないと考えているうちにいまに至ったそうです。せっかくお話をうかがったものですから、ここに正確を期しておきたいと思います。
 上の拙文にある「日劇ダンシングチームに入団」とあるのは正しくはオーディションを受けて出演したとのことです。オーディションには、唄って踊る女性の三人チームとして臨んだところ、結果として踊りを専門とする関根庸子だけが採用され、二人の歌い手は合格しなかった。それを承けて彼女は単独で日劇の舞台に立った。つまり日劇ダンシングチーム入団ではなく、オーディションで出演が叶ったというのがその次第です。
 森泉さんとお会いした際には関根庸子時代の楽屋での写真やミュージックホールに出演したときのパンフレットなどを見せていただき、とてもファンタスティックなひとときとなりました。
 先日「ニューヨーク・タイムズ」で人気ファッション・コラムと社交コラムを長年担当してきた名物カメラマン、ビル・カニンガムを追ったドキュメンタリー映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク」を観ました。そのなかで誰かがビル・カニンガムが撮りたいのは「年齢を重ねてもスタイリッシュでありつづける女性なのよ」と語っていました。そのときわたしは森泉さんのことを思い浮かべていました。
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by yumenonokoriga | 2013-06-20 08:57 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(1)

Commented by 秋山薫 at 2013-06-22 01:09 x
昭和48年からNMHのトップスター朱雀さぎりのファンとなって今年で40年目をむかえました。筆者様より力添え
頂き筆者様の即行動実直堅実さに尚いっそう魅かれました。筆者様の御健康と御多幸をお祈りしています。