村松梢風

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 日劇ミュージックホールの公演リストにはしばしば作家や漫画家、演出家が構成、演出者として名を連ねている。谷崎潤一郎、村松梢風、三島由紀夫、江戸川乱歩、石原慎太郎、寺山修司、久里洋二、杉浦幸雄、小島功、武智鉄二、蜷川幸雄といった具合である。遠藤周作のように実現はしなかったものの、おれにも脚本書かせろと言っていた作家もいる。助平心も手伝って機会があれば脚本を書き演出もしてみたいと思っていた人は多かったにちがいない。プロ野球の監督やオーケストラの指揮者を男のあこがれに挙げる方が多いと聞くが、ミュージックホールの演出もなかなか魅力がありそうだ。
 著名人の起用は劇場運営上の戦略で、よい脚本を得る可能性とともに話題性を高めるのに都合がよかったし、起用されるほうからすればヌードの美女に囲まれての仕事だから心はずむひとときだったろう。
 上に名のある村松梢風とミュージックホールについては村松友視『鎌倉のおばさん』に詳しく、小島政二郎のものをはじめいくつかの回想記を踏まえながら描写されている。村松友視にとって梢風は血縁上は祖父であるが、病死した父親に代わって育てられたという意味では父だった。
 春川ますみをひいきとした谷崎潤一郎、丘るり子がお気に入りだった舟橋聖一という具合にこの劇場に出入りした重鎮の文士は何人かいるが、そのなかで梢風は日劇に籍を置く人と同様に「やあ」と平気で楽屋へ入って行けるただ一人の文士だったという。
 同書によればミュージックホールを見物した梢風は大いに気に入りさっそく顔なじみの丸尾長顕をたずねてこの劇場の顧問にしてもらい楽屋に出入りする特権を手中に収めた。昭和三十年の三、四月公演「恋には七つの鍵がある」では、その一景に「桃色の手袋」という台本を提供し、主役の妖艶なジプシーの踊り子にジプシーローズを起用している。
 戦後、梢風は妻と孫の友視を静岡に住まわせ自分は愛人である「鎌倉のおばさん」と鎌倉に住んだ。生活は派手でミュージックホールの踊り子やナイトクラブの女たちとの関係を楽しんだ。「鎌倉のおばさん」はそれが作家を支える女の名誉であるかのように梢風に女たちとの交遊を勧め、せっせと金を渡していて、その金策に四苦八苦していたという。
 
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by yumenonokoriga | 2013-08-20 09:21 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)