小浜奈々子のオーラ

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 小浜奈々子を発掘した村松梢風はその魅力について「おそろしくきれいな八頭身で、顔つきもなんとなく伊東絹子に似ている。(中略)伊東絹子に似ているとどこでもいわれるところから、本人も意識的に、眉のかき方からすべて伊東絹子を模倣している」と書いている。
文中の伊東絹子は一九五二年(昭和二十七年)、第二代目ミス・ユニバース・ジャパンに選ばれ、同年七月にアメリカ合衆国カリフォルニア州のロングビーチで行われた第二回ミス・ユニバース世界大会に、日本代表として出場し、ここで三位に入賞した。
 小浜奈々子が模倣したかどうかはともかく、彼女はミス・ユニバース・ジャパンに匹敵していて、それはとりもなおさず国際舞台でも通用する可能性を意味していた。
 彼女が日劇ミュージックホールにデビューするおよそ半年前というから一九五五年(昭和三十年)の五月か六月ごろの一日「内外タイムス」の芸能記者だった橋本与志夫はぶらりと浅草座を訪れ、森福二郎支配人から姉妹ストリッパーというのは記事のネタにならないかと原みどりと小浜奈々子を紹介されている。そのとき橋本はまだどこかアカ抜けないところはあるが長身で初々しい小浜奈々子を見て「ひょっとするとこれは大ものになるのではないかな」と直感したそうだ。村松梢風は小浜奈々子の魅力を見抜いたミュージックホールの先生たちはさすがに目が高いと述べているが、この世界に詳しい記者もなかなかの目利きだった。と同時に小浜奈々子のオーラがどれほどのものだったかを示してもいる。
 原みどりはまもなく結婚して舞台を引くが小浜はのちに「ミュージックホールの女王」となった。彼女の妹が西崎ぼたん、従妹が朱雀さぎり。いずれもミュージックホールで踊り、とくに小浜時代を支えた朱雀さぎりはやがて松永てるほとともにトップスターとなったのはご承知のとおり。
 ここまで見てくるとミュージックホールの応援団長村松梢風の功績はその字義のとおりとても大きかったことがよくわかる。
 
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by yumenonokoriga | 2013-09-05 10:38 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(2)

Commented by 秋山薫 at 2013-09-05 12:55 x
先日小浜奈々子さんと電話でお話でき光栄に思っています。
Commented by yumenonokoriga at 2013-09-06 06:49
お便りありがとうございます。貴重な体験デスね。