はじめて買ったパンフレット

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 昭和四十七年(一九七二年)の一、二月公演「すべて乳房からはじまる」の舞台に魅せられて、以後せっせと日劇ミュージックホールへと通うようになった。はじめてパンフレットを買ったのもこのときで、四十年以上経ったいまもそれは筐底深く秘してある。家族の眼がありますからね。それにしょっちゅう取り出して眺めていては過度に「あやしうこそものぐるほし」となってしまいます。
 ダンサーたちのうち小浜奈々子、松永てるほ、朱雀さぎり、高見緋紗子はカラー写真だが、のちのトップスターたち岬マコ、舞悦子、浅茅けい子はまだ中堅どころだったからここではモノクロ組である。
 開場二十周年記念公演らしくパンフレットには丸尾長顕が回想と謝辞をまじえたエッセイを執筆している。謝意を捧げられた人たちを摘録してみると、まず文壇では「谷崎潤一郎、村松梢風両先生」を別格に「舟橋聖一、吉行淳之介、遠藤周作、近藤啓太郎、戸川幸雄、梶山季之その他諸先生」がいる。三島由紀夫も見えていて、脚本を書いて下さった「三島先生」から「なんだ、これっぽっちのお礼」かと叱られたこともいまとなれば忘れがたい一コマであるとある。この時点で自衛隊市ヶ谷駐屯地での割腹から二年が経っている。
 他方、画壇では「東郷青児、伊東深水、南政善諸先生等々」、漫画界では「小島功、杉浦幸雄、久里洋二、加藤芳郎の諸先生」の名前が見えている。
 また草創期の回想として、「丸尾君、派手に赤字を出してくれるなァ」と寺本副社長から皮肉をいわれ返す言葉もなかったとき、小林一三が「一年間は黙って見てやるものだ」と助け舟を出してくれて涙が出たというエピソードが語られている。
 踊り子では伊吹まり、ヒロセ元美、メリー松原の三スターが揃ってミュージックホールに加盟してくれたことに「恩義を感じている」という。というのもそれがやがて奈良あけみ、春川ますみ、ジプシー・ローズ、小浜奈々子たちがミュージックホールにやって来る動機となったから三人のスターは興隆のきっかけをつくったわけだ。
 「すべて乳房からはじまる」はその三人のスターのあとを継いだ小浜奈々子の最後の舞台だった。
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by yumenonokoriga | 2013-11-20 11:07 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)