ニフウ先生

a0248606_9554573.jpg 永井荷風『断腸亭日乗』には日劇ミュージックホールの記事はない。もともと派手でお高くとまっているようなイメージの銀座に対してすがれた風情の浅草への思い入れがあった荷風である。
 ただしミュージックホールの前身、日劇小劇場には何度か足を運んでいる。
「午後日本劇場五階楽屋に桜むつ子を訪ふ」(昭和二十四年二月二十二日)
 「午後銀座。日劇五階の演芸を看る」(昭和二十五年一月二十三日)
 「燈刻銀座買物。偶然日劇五階出演の踊子等に会ひ不二屋に少憩してかへる」(昭和二十五年二月二日)
 おなじく三月九日の夕方には日劇五階楽屋にいて、踊り子たちと銀座で食事をして帰っているし十月十七日と二十八日にもここを訪れている。ただしこれ以後小劇場を訪れた記事はない。
 桜むつ子(写真)は荷風ひいきの女優で、名脇役として小津安二郎の映画などで活躍したのはご承知のとおり。
 近藤啓太郎『裸の女神』によると荷風はジプシー・ローズとも面識があった。ロック座のスターだった園はるみがジプシーを食事に誘って楽屋を出るとそこに荷風が待ちかまえていて三人で仲店通りの森永で食事をした。
「いったい、どこの親父よ」「あんまり変なの、紹介しないでよ」とジプシーが園はるみに小声で文句を言うと、彼女は「こちら永井ニフウ先生よ」と紹介した。ジプシーはカフウじゃなかったかしらと思ったものの自信もなく「あら、ニフウ先生でしたの。お名前はよく知ってましたわ」と挨拶したという。荷風は上機嫌で「さあ、何を食べます?・・・・・・わたしはお子さまランチ」。
 ロック座支配人だった仲澤清太郎は自分の知っているかぎりではカフウをニフウと言っている踊り子はいなかったと証言しているが、『裸の女神』ではロック座のスターがニフウと口にしている。ただしここにある、園はるみと荷風、ジプシーのやりとりが何を以て典拠としているかはさだかではない。
 ニフウをめぐってはもうひとつ、橋本与志夫『ヌードさん』に、荷風がロック座で踊っていたナミジ笑をひいきにしており、彼女が「ニフウさん、ニフウさん」と呼んでいて、当の荷風も満足げに微笑んでいたのが印象的だったとある。橋本与志夫の実見にもとづく話だろう。
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by yumenonokoriga | 2014-01-05 09:27 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(2)

Commented by saheizi-inokori at 2014-01-05 12:38
ニフウさん、うれしそうだな。
Commented by yumenonokoriga at 2014-01-06 10:55
あけましておめでとうございます。本コラムは三年目に入りました。これからもよろしくお願いします。