井上ソノと水原まゆみ

a0248606_10493021.jpg 先年、家族で浅草のお好み焼き屋、染太郎で食事をしたあとおなじ浅草の古本屋で『浅草 染太郎の世界』を見て、吉日の御縁と思いさっそく購入した。昭和五十八年にかのう書房から刊行された本書は、染太郎のおかみさん崎本はるの米寿を寿ぐ文集で、多数のゆかりの人たちによる回想や逸話が寄せられている。なかに「井上ソノ・水原まゆみ」名義の「父の匂い 浅草の匂い」が収めてあるのが日劇ミュージックホールのファンとしてはうれしい。
 まずは「父の匂い 浅草の匂い」にある染太郎の由来。
 昭和十二年(一九三七年)盧溝橋での日中両軍の衝突にはじまる日中戦争にともない、崎本はるの亭主で漫才師の林家染太郎が応召され、はるは幼い息子と二人で留守を守らなければならなくなる。ブラブラしていているのも能がない思っていたところに、自宅の二階を稽古場に貸していた剣劇一座の座付作家から、元手のかからないお好み焼き屋でもはじめたらどう、とすすめられ自宅の一階に開業したのが染太郎だった。
 この「剣劇一座の座付作家」が井上光(愛称ピカちゃん)で、その恋人が常磐座のレビューガールで芸名小桜信子、すなわち井上ソノである。
 井上光は戦争中に胸を悪くして早逝したが、二人のあいだの一粒種が井上悠子すなわち水原まゆみである。井上光は高見順に傾倒しており、浅草を舞台に小説を書きたいという高見を案内して廻ったのもピカちゃんで、井上ソノもそうした縁で高見順を知った。『如何なる星の下に』の元レビューガールで染太郎で働く峰美佐子は井上ソノをモデルにしている。
 「父の匂い 浅草の匂い」にはミュージックホールの踊り子たちの消息も見えている。
〈ミュージックホールの仲間とは、浅草の仲見世に、舞台で必要な小道具、かんざし、化粧品をよく買いに出かけた。その帰り、なんどか「染太郎」へ同期の岬マコ、舞悦子、野々村美樹のみなさんと寄った。〉
〈浅草のヌード劇場、ロック座から日劇ミュージックホールに移った高見緋紗子さんは、ロック座時代、ファンと連れだってよく「染太郎」へ出かけたそうである。染太郎という名前は、ほとんどの踊り子が知っていて、その浸透力には、やはり歴史を感じずにはいられない。〉
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by yumenonokoriga | 2014-03-10 08:47 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(2)

Commented by 秋山薫 at 2014-03-12 23:21 x
朱雀さぎりの記事がほぼランキングの1位となり私も嬉しいです。
Commented by yumenonokoriga at 2014-03-13 05:54
☆秋山さま
コメントありがとうございます。早逝は惜しまれますが、多くのファンの脳裡に記憶されているのでしょうね。