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一条さゆりのオーディション

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 一条さゆりは、はじめ日劇ミュージックホールのオーディションを受けたが、身長がすこし足らず不採用になったと語っていた。駒田信二『一条さゆりの性』にも加藤詩子『一条さゆりの真実』にもそれを証する具体的な記述はないけれど、あるいは応募したことはあったのかもしれない。
ミュージックホールがダンサーを雇う際に身長の基準を設けていたかどうかはわからない。仮にあったとすればどれくらいを目安にしていたのだろう。ひとつの参考として日劇ダンシングチーム(NDT)のばあいを見てみよう。
 今和次郎『考現学入門』(ちくま文庫)に「レビュー試験場はさまざまである」というルポが収められている。これには一九三八年十二月の日付があり、ずいぶんむかしのはなしになるが、ここに日劇ダンシングチームの募集文が紹介されていて、それによると女子研究生は「十七歳まで、身長五尺二寸以上」とある。つまり戦前の日劇のレビューガールについては百五十六センチ以上がひとつの目安になっていたようだ。ついでながら男子研究生は「十九歳まで身長五尺四寸以上」だった。
 余談だが谷崎潤一郎の晩年の傑作『瘋癲老人日記』に登場する颯子さんは元NDTのダンサーという設定で、彼女について瘋癲老人は「颯子ハ予ヨリモ一寸三分高く、一六一センチ五ミリアル」としるしている。
 日劇ミュージックホールのパンフレットにはふつうダンサーのサイズは載せていないが、手許に一冊だけ身長とスリーサイズを載せてくれているのがある。一九七二年十一、十二月公演「女は黙ってガンバラなくちゃ」のパンフレットによると日本人ダンサーのなかで長身は松永てるほと浅茅けいこの百六十八センチ、いっぽうに百五十七センチの渡エリカや百五十八センチ野々村美樹がいる。公称の数字として多少のサバを織り込んでいたかもしれないが「身長五尺二寸以上」といった目安がここでも活用されていた可能性はある。
 『一条さゆりの性』によれば彼女の身長は百五十六センチ、B九十二、W六十、H九十二とある。渡エリカの百五十七センチと一センチちがいで「身長がすこし足らず不採用になった」のがみょうにリアリティを帯びてくる。

by yumenonokoriga | 2014-04-20 06:44 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)