NMHOG会の記(二)

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 OG会を企画したN氏と呼びかけ人の小浜奈々子さんのあいさつにつづく懇談会は司会に『ニッポンの爆笑王100』『東京コメディアンの逆襲』等の著者の西条昇氏、カメラマンに都築響一氏(写真集『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』で第二十三回木村伊兵衛写真賞受賞)という豪華スタッフを配して開幕した。
 まだテープではなくバンドの演奏で踊っていたころのミュージシャンの思い出(渡辺貞夫もここで演奏したことがあったそうだ)や「セリを降りたところに電話があり、和っちゃん先生から電話がかかると小助さんを背負って(泉和助、空飛小助いずれもミュージックホール専属のコメディアン)よく伊吹マリさん(ミュージックホール初期のスター)がやっていらしたお店へ飲みに行ったのがなつかしい」といったバックステージの話が出ると、次にはアルバイトで進駐軍に行って踊るのはギャラも高くてよかったけれど、高い地位にある軍人たちが集まる将校クラブでは夫人同伴で、それに応じたステイタスの高いショーをと申し出がありずいぶんとまどったといったミュージックホールの外での苦労話が語られるといった具合で話は尽きない。
 森サカエさんが昭和三十三年にミュージックホールのオーディションに合格して出演したときの感激と新聞紙上で賛辞をいただいたときのうれしかったことを語れば、おなじころ、あるテレビ番組で劇場とおなじだろうとトップレスで出演したところ、テレビ局はブラをつけるのは言わなくてもわかっているはずと思っていて、もちろん当時はすべてナマ番組なので大失態となったといった珍談もあった。
 そうしているうちにはじめ参加予定だったのがスケジュールの都合で来られなくなったカルーセル麻紀さんから事務局のK氏の携帯に電話がかかってきて、そこからマイクを通してみなさんへのごあいさつと次回はぜひ参加するからとメッセージが寄せられた。そのとたんに「カルーセルのお姉さん、会いたかったわ!」とある方が口にした、すると「あの人、お兄さんじゃないの?」とどなたかが半畳を入れて一同大笑い。
 絶好調のノリとなったところで懇談会の締めとして演出家の庄野正紀氏、ダンサーの方々にとっては「先生」が立たれて「みなさんお元気で、こういうかたちでお会いできてほんとうにうれしく、感に堪えません」としみじみとあいさつされ、聞く者の胸を打った。
(写真はアンジェラ浅丘。これまでこの人について書く機会がなく、せめて写真を掲載することにした。)
 
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by yumenonokoriga | 2014-08-25 08:49 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)