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夢の残り香~日劇ミュージックホールの文学誌

観察

 小学校の理科の授業で植物の成長を観察して天気や気温とともにノートに書いた。中学生になると怖い上級生がいて、難を避けるために注視をしなければならなかった。眼前の観察はやがて新聞やテレビをとおして社会についてのそれにつながり、思春期とともに異性の観察が重きを占めるようになった。こうして成長するにつれてだんだんと視線は広がって行ったが、いつまでたっても練達しないのが自分についての観察すなわち内省や反省である。
 観察は知識への第一歩であり、女性を知るにも欠かせない。というか男にとって女の観察は、たとえ自然現象や社会についての観察を手放しても、これだけは最期まで持ち続けることになるらしく室生犀星『随筆女ひと』には「気力や性慾の廃退はともかく、眼というものがかがやく限り、それのとどいてゆくところの美しさは拒ぞけ兼ねるのである。女なぞもうどうでもよいというのは、うそである」「人間が最初に女を見出し、生涯そこの世界でじたばたをやりながらも、なお、最後に女の人を見直して美しいと思うところに、いのちというものがやはり女の中にあったことを、見出さずにいられない」とある。
 異性の観察で男の視線の向かう先は胸元派と脚線派に分類できるという話がある。わたしは後者ですね。もっとも昔の女性は脚をあらわにしなかった。スクリューボール・コメディの名作「或る夜の出来事」の、ヒッチハイクの場面で、クラーク・ゲーブルがいくら道路脇に立ち親指でジェスチャーを繰り返してもだめ、そこでクローデット・コルベールがわたしのやり方でとスカートを膝上すこしまで上げるとすぐに車が止まる。一九三0年代にあってスカートを膝上まで上げるのはたいへんなことだった。世界にミニスカート旋風が巻き起こったのはそれから三十年あまりのちのことで、こうして観察は女性のファッションとの道連れである。
 室生犀星によると脚線を目にできない時代には男の視線は女の手に向かっていた。
「女の手というものには、むかしはたいへんな魅惑があった」「手は女の二番目の顔のようなものであって、仮りに女の人がゆるして男に手をにぎらせるということがあれば、女の人に相当なかくごがいるものである。いまでいうキスをゆるすという程度にほぼ近いものに、手重く見てよかった」のだった。
 手があれば腕の観察もあっておかしくない。でもそんな人はいるだろうかとお思いになるかもしれないが寺田寅彦という近代日本の第一級の観察者がそのことに触れている。
 「食堂の女給の制服は腕を露出したのが多い。必然の結果として食物を食卓に並べるとき露出された腕がわれわれの全面にさし出される。日本で女の腕を研究するのにこれほど適当な機会はまたとないであろうと思われる」。(「自由画稿」)
 手から腕へ、男の視線は相手に隙あれば見逃がさずにはおかない。ストリップの時代、それもある時期からは日劇ミュージックホールは別にしてヘアーも性器もお金さえ出せばいくらでも観察できるようになった。友人に誘われてその種のショーも見てはいるけれど、そこのところの観察に興味関心を覚えなかった。視線の広がりには欠けたが悔いる気持もない。
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by yumenonokoriga | 2015-12-29 09:39 | 日劇ミュージックホールの文学誌

いまはない日劇ミュージックホールをめぐるコラムです。

by yumenonokoriga
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