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2012年 01月 20日 ( 1 )

ジプシー・ローズが倒れた日

a0248606_9171983.jpg ジプシー・ローズが亡くなった翌年一九六八年(昭和四十三年)に作家の近藤啓太郎が『裸の女神 ジプシー・ローズの生涯』を刊行した。あとがきによれば正邦乙彦が協力をしている。
 アルコール中毒が進行していたジプシー・ローズはしばしば幻覚に襲われ、正邦はそんな彼女にうんざりしながらも世話をし、バーを営んでいた。一九六七年四月二十日十時半頃、正邦は階下の流し台で昨夜のコップや皿を洗っていたところ二階で鈍い音がして振動を感じたがそれっきり静まり返ってしまった。胸騒ぎから階段を上がり寝室を覗くと彼女は顔を横ざまにしてうつぶせに倒れていた。裸の胸から横腹にかけて赤いスロージンがぶちまかれて血しぶきを浴びているように見えた。右手から落ちたグラスが畳を赤く濡らし、左手には空瓶が侘しく握られていた。前夜ウイスキーを飲みながら寝入ってしまったジプシーは起きぬけからこんどはジンを飲んでいたのだった。『裸の女神』にある彼女の最期である。
 同書が上梓されて十四年後に出た小柳詳助『G線上のマリア』には彼女が倒れている写真が収められている。赤い絨毯に金髪に染めた彼女がうつぶせになっており、右手には酒瓶が握られ、左手脇にグラスが放り出されている。検死に立ち会った医師は長期にわたるアルコール摂取で心臓が弱ったところへの急性心不全と診断した。ところが、彼女がここ数日下痢で頻繁にトイレへ行っているうちに急な階段から一度転げ落ち、このときの痣が検視の際問題になり警察は変死扱いとして一時は解剖の話まで出たという。
 この『G線上のマリア』の十年後に刊行された田中小実昌『楽屋ばなし』で話は一転する。じつはジプシー・ローズは床に倒れていたのではなく、ベッドのなかで死んでいたのだという。ベッドで死んでるなんて彼女にふさわしくない、「こりゃいけない」と思った正邦は彼女をベッドから下ろし、カーペットにうつぶせにし、酒瓶を握らせるなどした。そうして知り合いの建築士を呼んで写真を撮ってもらった。田中小実昌は正邦からこの話を聞いたという。
 事実とすれば正邦がジプシー・ローズの名にふさわしい死の演出をしたということになる。あるいは正邦のリップ・サービスによる演出なのかもしれない。田中小実昌の小説家としての創作ではないだろうが、往事茫々、事実はいずれとも特定しがたい。                 

by yumenonokoriga | 2012-01-20 08:45 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)