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2012年 06月 15日 ( 1 )

朱雀さぎりの「それからの時」

a0248606_9402521.jpg 朝日新聞社会部『それからの時』に朱雀さぎりを追悼した一文が収録されている。はじめ同紙の「それから」と題した連載に掲載された。「悲運の踊り子」の「それから」の記事に挙式を前にして逝った朱雀さぎりと遺された婚約者とのある事情が書かれている。
 朱雀さぎりが日劇ミュージックホールの舞台を去ったのが一九八二年、そののち彼女は渋谷でスナックを経営していた。婚約者の奥氏はスナックの客だった。やがて二人は恋仲になったが、挙式にあたってままならない事情があった。じつは朱雀には踊り子時代に入籍した男性がいたのだった。
 朱雀と奥がいっしょに暮らしはじめたのが一九九一年の三月、このときはまだ朱雀の籍が抜けていなかった。同年の夏にようやく離婚が成立し、奥はすぐに式を挙げようとした。「一度、白無垢が着てみたい」と朱雀が彼に話していたからである。ところが二人は律儀にも女性は離婚後六ヶ月以内の再婚は認められないとの条項を考慮に入れて挙式を翌年に延期し、日取りを一九九二年三月二十五日と決めたのだったが、このときすでに朱雀の身体はがんにむしばまれていた。 
 その三月二十五日、ミュージックホールのスターたちが挙式の予定されていた会場である東急ゴールデンホールにつどって久しぶりに華やかな踊りを披露したという。
 有楽町時代のミュージックホールには小さなバーがあって、そこの壁面にはメリー松原、伊吹マリ、ヒロセ元美、ジプシー・ローズ、R・テンプル、小浜奈々子、奈良あけみ、アンジェラ浅丘の八人の写真が飾られていた。いわば「殿堂」入りしたダンサーたちで、ここがそのまま残されていたならば、朱雀さぎりは松永てるほ、岬マコとともに壁面を飾っていたはずだ。

by yumenonokoriga | 2012-06-15 09:59 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)