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2012年 07月 10日 ( 1 )

和っちゃん先生の信奉者たち

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林圭一『舞台裏の喜劇人たち』は日劇ミュージックホールを扱った専著ではないが、長年にわたり東宝系の芝居、ミュージカルを手がけた演出家の書いた本だからおのずとミュージックホールの舞台に立った喜劇人の面影が語られている。
 いろいろな文献の記述とおなじくここでも泉和助という人は「才能の溢れかえる男」である。そんな和助を慕う一人に岡田真澄(写真)がいた。当時ファンファン・ラ・レックと名乗っていたこの若者は「一から十まで和助の言いなりだった。そして成長した」。パン・猪狩も和助を信奉する一人で、日劇の大道具からコメディアンに転向し「不器用さを熱と粘りで克服して誇り高き大道具ならぬ大道芸人として成功」した。
 こんなふうに楽屋では尊敬されているのだが客席の受けはそれほどでもない。これまた類書に見られる通りで林も同様の指摘をしている。
〈才能が先走って自分の演技はうまくない。器用なんだけど、欠点は動きが小さいことだ。〉
〈カウボーイに扮して、投げ縄を扱いながら結局自分もグルグル巻になってしまうギャグなんか、自分でやらず、他の者にやらせたらもっとおかしかったに違いない。〉
 話題を戻すと後年ライブハウスでの一人芸が注目を集めたパントマイムのマルセ太郎が書いた『芸人魂』には「ハードボイルドだど!」のギャグが大当たりしたトリオ・ザ・パンチの内藤陳が披露した拳銃さばきも泉和助、和っちゃん先生の伝授によるものだったとある。マルセ太郎自身もはじめてミュージックホールに出演したとき、自分の出番が終わり舞台の袖からショーを見学していると「どうだい。たまには楽屋に遊びにおいで」と和っちゃん先生から肩をたたかれたときは天にも昇る気持だったという。
 林圭一は東宝の舞台に立った人々のなかで気どらない性格でファンからも仲間のだれからも好かれた芸人として越路吹雪の名を挙げ、その反対がトニー谷だったと回想している。芸人には自信もアクも必要だが、あまりに強すぎたとか。そのトニー谷が絶頂期にあったころ「タニあんざんす」と泉和助の楽屋に入って来た光景をマルセ太郎が書きとめている。人気のほどでは比較にならない同輩の機嫌をとるトニー谷の姿がよほど印象に残ったのであろう。

by yumenonokoriga | 2012-07-10 06:53 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)