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『モガ・オン・パレード 小野佐世男とその時代』

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 川崎市岡本太郎美術館で「小野佐世男 モガ・オン・パレード」展が開かれている(二0一二年十月二十日~二0一三年一月十四日)。これにあわせて岩波書店より『モガ・オン・パレード 小野佐世男とその時代』(小野佐世男展実行委員会・川崎市岡本太郎美術館編)が刊行された。
 本書には「小野佐世男(一九0五~五四)は、昭和を駈けぬけた漫画家である。女性の曲線美を描き、社会を風刺し、巧みな空談(ホラ話)を語って、広く愛された」と紹介がある。本コラムとしてはここに、日劇ミュージックホールと関わり深かった画家の一項をくわえさせていただこう。
 もとより本書に収める佐世男の長男小野耕世氏の「時代を駈けぬけた父・小野佐世男」や詳細な「小野佐世男年譜」(足立元編)にはミュージックホール関連の記事があり、なかで佐世男とトニー谷が親しい関係にあったのが目を引いた。
 トニー谷は一九七七年(昭和五十二年)の初春公演「'77乳房の祭典」にゲスト出演しており、そのときのエピソードを小野耕世氏が紹介している。
 ある日、佐世男の次男、耕世の弟、隆志氏が友人と劇場へ行ったところ、小野の次男が客席にいると事前に聞かされていたトニー谷は舞台で「かつて小野佐世男というすごい画家がいましてね・・・・・・」と、その思い出ばなしをすこし語ったのだった。
 命日となった一九五四年二月一日、佐世男はマリリン・モンローの帝国ホテルへの到着を待ってその訪問記を書く予定だったのが、飛行機が遅れたうえ空港は歓迎の人波でおのずとホテルでの仕事もずれ込み、そのかんミュージックホールに立ち寄り階段で倒れた。おなじく耕世氏の一文には、エレベーターを待っていたが、故障していたのかなかなか来ない、しびれを切らしてかなり急な階段を編集者とのぼっていて胸が苦しくなった、これが午後三時ころで、駿河台日大病院に搬送されたが同日午後六時七分心筋梗塞により息を引き取ったと、倒れたときの詳細が語られている。
 このころトニー谷の人気は絶頂期だった。しかし翌年六歳になる長男の正美ちゃんが誘拐され、無事に帰されはしたものの事件を機に人気は凋落した。親交があり、数少ない支えの一人だった小野の不在は、トニー谷にとって痛手は大きかったのではなかったか。

by yumenonokoriga | 2012-10-25 09:03 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)