人気ブログランキング |

2013年 05月 30日 ( 1 )

ヒロセ元美のラブレター

 a0248606_11284939.jpg
 他人のラブレターを読むことはめったにないが、作家によっては没後に編まれた書簡集や全集にその種の手紙が収められている。
 〈ふさ子さん!ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか。何ともいへない、いい女体なのですか。どうか、大切にして、無理してはいけないとおもひます。玉を大切にするやうにしたいのです。ふさ子さん。なぜそんなにいいのですか。○写真も昨夕とつて来ました。とりどりに美しくてただうれしくてそはそはしてゐます。〉
 これは一九三六年(昭和十一年)十一月、当時五十代なかばだった斎藤茂吉が「アララギ」に属して短歌の指導を受けていた二十八歳下の弟子、永井ふさ子(本名フサ)に宛てた日本恋文史上屈指の名篇だ。このころ茂吉はスキャンダルの渦中にあった。ダンスホールの男教師がジゴロとして風俗壊乱、不行跡の廉で検挙され、それに関連して茂吉の妻てる子や吉井勇夫人徳子が事情聴取を受けた。茂吉は離婚こそしなかったものの夫婦関係には亀裂が入った。茂吉夫人はもともと男性遍歴多いモダンガール、そこへあらわれたのがふさ子だった。
 作家の書簡はともかく、ふつうプライベートな写真や手紙が表に流出するばあいはしばしばスキャンダルがともなう。シャーロック・ホームズの「ボヘミアの醜聞」で、ホームズは、ボヘミア国王が皇太子時代に恋仲だったワルシャワ帝室オペラのプリマドンナと撮った写真の流出を阻止するよう依頼を受けていた。写真がかつての恋人の手許にあるぶんには安全だが、いったん誰かの手に渡ると政治問題やスキャンダルを生みやすい。
 事情はやんごとない方面ばかりではない。日劇ミュージックホールでもヒロセ元美のある男性ダンサーに宛てたラブレターが伝説となっていた。丸尾長顕によればたいへんな珍品で、自分の肉体の構造がいかに男性をよろこばせるものであるかを説いて、彼の愛を求めたものという。辟易した男が伊吹まりに見せて相談して話は劇場中にひろがり、さらに彼と伊吹が恋仲になるというおまけがついた。この年の契約が終わるとヒロセはミュージックホールを去った。
 蛇足ながらラブレターの要諦は、上の斎藤茂吉先生のように、相手を讃え、自分がどれほど思っているかをわかってもらうことにある。自分の肉体の構造を誇らしげに語ったヒロセ元美のラブレターはこの逆をゆくものだった。

by yumenonokoriga | 2013-05-30 09:31 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(0)