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2014年 01月 10日 ( 1 )

永井荷風と高清子

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永井荷風のお気に入りの女優に高清子という人がいた。
『断腸亭日乗』にその名前がはじめて見えるのは昭和十三年五月二十一日で、この日、浅草のオペラ館では荷風原作のオペラ「葛飾情話」が演じられていて「閉場後舞踏家高清子及び永井智子菅原君と共に森永に飲む。余大酔して新橋の旧事を語る」とある。翌日も舞台がはねてからの会合のあと荷風は高清子を今戸の家に送っている。
 なお上の記事にある永井智子は「葛飾情話」の主役の歌手、のちに作家永井路子が実母であることを明らかにした。菅原君とあるのはその夫菅原明朗で「葛飾情話」の作曲者だ。太平洋戦争末期、夫妻は荷風とともに空襲を避けながらその身辺の面倒をみた。
 荷風日記にある高清子の記事をもう少し引いておくと「(オペラ館)閉場後永井高清子等と銀座コロンバンに一茶す」(昭和十三年七月八日)、「オペラ館の閉場するを待ち高杉智慧子高清子竹久よし美等と酉の市を歩み仲の町茶屋浪速屋に飲む」(同年十一月一日)といった具合だ。
 そして戦後。
 「午後常盤座楽屋。或新聞社写真記者あり。その請ふに任せ、女優桜むつ子高清子其他七八人と一座にて撮影す」(昭和二十三年四月二十日)
 「薄暮常盤座楽屋。偶然戦争前オペラ館女優なりし西川千代美に逢ふ。伊豆伊東にて踊師匠をなし居れりと云。桜むつ子高清子等と福島に喫茶してかへる」(同年十二月二十三日)
 高清子は大正二年浅草の生まれで、エノケン一座の看板女優だった時期もあり、荷風の日記にあるようにオペラ館でも活躍している。戦後も常盤座や日劇小劇場で活動をつづけている。
 どうしてそれほど彼女にこだわるのか、日劇ミュージックホールとさほどの関係があるとも思えないのにといぶかしむ向きもあるかもしれない。
 じつは高清子はジプシー・ローズの内縁の夫だった正邦乙彦の正妻だった。彼女と正邦はおなじエノケン一座の座員で、昭和十年十月座長の媒酌で結婚式を挙げている。
 というわけで高清子についてはかねてから気になる存在だった。

by yumenonokoriga | 2014-01-10 10:34 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(2)