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2014年 05月 30日 ( 1 )

小井戸秀宅

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 先年退職するまでわたしはテレビドラマをほとんど見なかった。例外としておぼえているのは市毛良枝が紀子に扮した「東京物語」だけで、嫌いというのではないけれど限られた時間とお金は映画や本に投入したい、となれば何かを断念しなくてはならず、なんとなくそんなふうになった。
 もうひとつ連続物のストーリーを毎日あるいは毎週追うのが鬱陶しいという事情がある。これは小さいときからの性癖で、反面「光子の窓」「夢であいましょう」「シャボン玉ホリディ」などのバラエティ番組は大好きだった。素敵なバラエティ番組の反面でストーリーを追っかけるのがいやになったらしい。そしてこれはわたしが日劇ミュージックホールのファンになった一因でもあった。あそこはストーリーを追う煩わしさがない。
 バラエティ番組を視聴するうちに出演者やスタッフのなかによく小井戸秀宅という名前を見かけた。えらく読み方のむつかしい名前で、「宅」を「家」に類推して勝手に「こいど・ひでや」と読んでいた。ネットで調べて、じつは「こいど・しゅうたく」、本名の読みは「こいど・ひでたけ」とあり、ようやく長年の疑問が解けた。
 いずれにせよその名前は脳裡に残っていて、のちに日劇ミュージックホールのパンフレットでその名前を見て、ああ、ここでも仕事してたんですねと、旧知に出会ったような気がした。
 一九三六年生まれの小井戸秀宅は二00四年に自身の軌跡を振り返って『人生は、ショータイム』(ブックマン社)という本を上梓している。ここではじめてこの人が日劇ミュージックホールのダンサーから出発した人であると知った。はじめ日劇ダンシングチームに入団する予定だったが叶わず、ミュージックホールに欠員があり、急遽五階の劇場に所属することになった。十九歳だった。
 一九七一年から九四年にかけて小井戸は井原高忠(「シャボン玉ホリデー」のプロデューサー)らとともに高級レストランシアター「赤坂コルドンブルー」の運営に携わっている。『人生は、ショータイム』の中味はこのコルドンブルーが中心で、ミュージックホールについてはさほど触れられていない。
 それに「若かった僕は、ダンサーのお姉様から引く手あまたでした」「いつも据え膳を食い散らかしていました」なんてあったりするのでうらやましさを通り越して・・・・・・いやですね、男の嫉妬。

by yumenonokoriga | 2014-05-30 08:44 | 日劇ミュージックホールの文学誌 | Comments(2)